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りょうまくんパパの講演会
 「そよ風の手紙」http://www.cam.hi-ho.ne.jp/shimbo/
のホームページで知られる“りょうまくんパパ”さんの講演会のお知らせです。

チラシを添付しようとして、一昨日から四苦八苦しているのですが・・・
ワードだかエクセル?のファイルの文面を記事にupするのが、いくらやってもできない!!


ので、とりあえず日にちと場所だけでもお知らせしておきます。


父親教室 開催のお知らせ    
    〜HP そよ風の手紙〜

日時     4月22日(日)    受付 12:45 から
                     開始 13:15 
                     終了 15:30

場所     横浜市青葉区青葉台
        「青葉台地域ケアプラザ」 多目的ホール  http://www.shikoukai.jp/aobadai/index.html


参加費用   お一人 300円



お申し込みは、コメント欄に連絡先を添付の上、お願いいたします。
みなさま、ふるってご参加下さい。




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| こころくらぶ | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
夢は大きく
 先週の記事もまた反響が大きく、アクセスも非常に増えて、驚いています。
多くのみなさまに読んでいただけて、たいへん感謝しております。

さて、このところ、自閉症・ASDは知的障害の部分も含めて、
療育によっては改善していけることをお伝えしたくて書いてきましたが・・・

「治る」という記述が相応しくないとのご指摘が、多く寄せられました。

その言葉にそれほどコダワリを持って使っていたわけではなく、
「よくなる」程度の意味で使っていましたが、あまりの反響に、
逆に、いかに多くの方が、「完全には治らない」ことを、日頃から意識しておられるのか、知ることとなりました。

実際に、いまの医学では、完治した人はいないのかもしれません。
(欧米の事情にそれほど詳しくないので、私が知らないだけかもしれません。
また、完治が何を指すのかも定義がわからないので、これについては、よく分かりません)


でも、症状を良くしようとして、地道な努力で毎日必死にコツコツと療育を続けていく過程において、「けれども、最終的には絶対に完治はしない」と覚悟を決めておくことが、そんなに重要なことでしょうか。

私には、わざわざ親の常識として、上限のラインを引いておく必要性って、それほど無いかなと思えるのです。

完治といえる基準って、なんなんでしょう?

もちろん自閉症の特徴があるかないか、だという事は解るのですが、
そのボーダーのところの、グレーゾーンの群の中には、社会では健常者で通っている人もワンサカいるんじゃないでしょうか。

その隣の全くの健常者とされる群の中にだって、限りなく、グレーソーンに近い人もいるわけで・・・

そうなってくると、どこからが全くの健常者で、どこからが自閉症者なのか、はっきりと線引きはできないんじゃないかと思うんです。

世界中の人を自閉症の最重度の人から健常者まで並べたとき、ある一箇所の時点で急に自閉症傾向な特性が全く認められない人々ばかりになるとは思えないのです。
だんだん薄まっていって、終いには自閉圏じゃなくなるんだと思います。

だとしたら、なんとなく、グレーゾーンの端っこの方になれれば、もう社会生活上は良いわけで・・・
そんなに「完治・完治しない」にこだわる事もないように思えます。

「症状をよくしたい」「改善していこう」とする時に、初めから限界を意識することのほうが、モチベーションが下がる気がするのは、私だけかもしれませんが・・・


たとえば、すごい運動音痴な人が、何かのスポーツを始めるとします。
はたから見れば、どんなに頑張っても、運動神経抜群の人のように上手くはなれないと思うし、まさか、何かの大会に出て良い成績を残したり、ましてや国体やオリンピックになんか出られる訳がないと、冷静に思うでしょう。

でも、当の本人は、もしかしたらTVで見たテニスの錦織圭選手や、ゴルフの石川遼くんや、
なでしこジャパンなど、世界の第一線で活躍する人に憧れて、そうなりたいと思って、目標を高く持って始めてるかもしれないのです。

たしかに、中には、どうせ、運動音痴なんだから、そのスポーツを楽しめる程度に上手くなれればいいやと思って始める人もいるでしょう。

でも、たしなみ程度に上達できればいいと思って練習を始める人と、
無謀かもしれないけど、オリンピックに出てやる!金メダルを取りたい!と思って練習に励む人では、おのずと練習量も気合の入れ方も違ってくると思います。

とはいえ、高い目標を掲げていたからといって、結果は、どの大会でも勝てなくて、たいした成績は残せないかもしれません。
でも、一生懸命がんばって、そのスポーツに打ち込んだ時間は無駄になるでしょうか。
結果が出せなかった時、そんなに心配するほど挫折感を味わって絶望するでしょうか。
本大会の前には、日頃の練習試合もたくさん経験します。
自分の実力だって、じつは本人が一番分かっていると思います。


でも、いくら、いま現在の実力がたいした結果を出せていないとしても、
そこで諦めたら、そこ止まりです。
それでも歯をくいしばって、上を向いて、努力して練習を続けていったら、どんどん上達するのではないでしょうか。
最初から楽しく出来る範囲での練習しかしなかった場合と、習熟度に差が付いていくのではないでしょうか。

たとえ、最後にはオリンピックに行けなくても、
最初からオリンピックは無理だと覚悟を決めて、上手くなれるのは少しだけだろうと想定して始めるのでは、上達具合が違ってくる気がするんです。


私は、プチ子の将来に関しては、ばかみたいに高い目標を掲げていきたいです。

それで、いつか成人したときに夢が叶えられなくても、後悔はしません。

最初から諦めて、努力する機会も無いほうが、どれだけ悔しいか分かりません。


夢は大きいほうが、目指していく途中の道のりが楽しい気がします。




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| こころくらぶ | 00:39 | comments(4) | trackbacks(0) |
知的障害を治したい
 前回の記事「自閉症(発達障害)は治らない?」には、たくさんのアクセス、また数々のコメントをいただき、ありがとうございました。

いただいたコメントの中には「治らない」という事に関して、

“自閉症・発達障害は完全には治らない。
どんなに療育をしたり、環境を整えても、障害の特徴は消えることはなく残ってしまう。
どんなに改善しても、最終的に健常者にはなれない。”

といったご指摘やご意見もあり、自閉症という障害に対して、親として、あらためて考えさせられるキッカケになりました。

いままで漠然とプチ子の発達障害を「治したい」と思っていたのが、
プチ子の症状の何をどう治したいのか、目指すところがどこなのか、
だんだん形がみえてきたように思います。

はっきり認識していたわけではありませんが、
目標としては、プチ子を完璧に健常者と同じにしようと考えていたわけではなく、
そこは意識していなかったというか・・・
もともと、そこまで目指していないのだということが分かってきました。

まだプチ子が小さくて診断されたばかりの頃は、
聴覚過敏や触覚過敏だったり、おそらく見え方も問題あったかもしれないし、
泣いてばかりで人と目をあわさないどころか、常に腕で顔を覆って隠していたとか、
たぶん認知できなくてなのか、運動機能が悪すぎるのか分からないけど、よくガラスのコップを食べてしまうなどの、いろんな自閉症っぽい問題行動や症状も多々ありました。

でも、年齢を重ね、療育を続けていく内に、成果も上がって、徐々にそれらは消えていき、
今では、集中が続かない、すぐマイ・ワールドに入る、しょっちゅう着替えたがる、同じ服を着たがる、注意しないと人とあまり目を合わせない・・・etc.程度になってきたので、最近さほど気にしていません。
たぶん、知的障害(はじめは言葉がなかった)のほうが深刻すぎて、症状のほうは二の次になっていった気がします。

おそらく、同じ自閉症(発達障害)でも、知的障害があるとないとでは、障害について困っている部分に違いが出てくると思われます。

多くの知的障害のある自閉症児の親は、自閉症の特徴よりも知的障害こそが問題になってくるのじゃないか、というように感じます。

将来的に、自閉症の特性を消せなくても、最低限のコミュニケーション・スキルや社会的習慣を身に付けさせ、なんとか自立できるようにさせたい。
そのためには、療育を信じて頑張ろう!と、今は限界は意識せずに毎日を過ごしています。

以下に、一昨年に開催された平岩幹男先生(日本小児保健協会常任理事)の講演会で私が学んできたことで、いまでも療育を信じて頑張ろうと思える支えになっているお話しを載せます。(無許可ですけど・・・、いいですよね?講演されてた内容ですから)

自閉症のグループは従来は広汎性発達障害(PDD)と呼ばれてきましたが、
最近の医学会では、その症状にも知能にも連続性(スペクトラム)があるため、
自閉症スペクトラム(ASD)と呼ばれることが多くなっているそうです。

現在、100〜200人に一人の割合で、自閉症全体が存在するそうですが、
その中で、知的障害の無い高機能自閉症(かつてはアスペルガーとよばれた)群が70%、
知的障害を伴う、いわゆる従来の自閉症(カナータイプ)といわれる群は、300〜400人に一人だそうです。

そして、そのカナータイプの内、10人に一人か二人は、療育を施さなくても自然と言葉を獲得する場合があるそうですが、残りの8〜9人は、療育なしでは話せるようにはならないそうです。

IQは成人においては固定されるそうですが、幼児期のDQは訓練により上がる事もあり、様子をみているだけでは、逆に下がっていく事もあるそうです。

多くの療育センターなどでは、DQ=IQと捉えられ、発達検査で低い数値が出ると将来も知能が低いと思われているけれども、個別の療育次第でDQは上がるし、知的障害も改善するそうです。

療育の目的は、社会的困難を抱えるコアな群に対して、いかに社会生活が何とかなるグレーゾーンという周辺群に、または更にその外側の困難のない群に移動させるかにあり、たとえ特性が残っても、社会生活上の困難を軽減できれば成功といえるそうです。


※日本小児保健協会理事・平岩 幹男 先生 講演会より http://cocoroclub.jugem.jp/?eid=62#comments 参照



そう、治したいのは、「自閉症の特性を無くす」ということではなく、
社会的困難の部分です。

言葉が話せなくて、人とコミュニケーションがとれなくて、コダワリなどの想像力の障害があって・・・
こういった困難さを少しでも減らし、
早期療育によって言葉を獲得したタイプ(=今や第二の高機能自閉症ともよばれる)になって、
いずれは自分で稼いで生活していけるようになる。

それが、知的障害を伴う発達障害児であるプチ子の目指す道です。



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| こころくらぶ | 00:26 | comments(12) | trackbacks(0) |
自閉症(発達障害)は治らない?
 昨年末からバレエのレッスンを二箇所に増やしました。

二年前から隔週土曜日には一時間以上かけて国立(くにたち)まで障害児向けのバレエを習いに行っています。
先生はとっても明るくて、どの子供たちにも愛情たっぷり、いつもすごく褒めて教えてくれるので、プチ子はバレエが大好き!です。
そこは、親も一緒に踊らなきゃいけないので、私も毎回いい運動になります(密かに痩せないかと期待したけど、隔週じゃ甘い)。
私がお兄ちゃんの野球の当番で行けない時は、なんとパパが連れて行って踊ってくれてます!(見たくないなー)
他の子のママ・パパも大勢いらして、みなさんも子供達を褒めてくれるから、プチ子が得意げになって喜んでいる姿を間近に見れて嬉しいし、とても和気あいあいとしたお教室です。

毎回レッスンの帰りには、「こんどの土曜日にはバレエないの?」と聞いてきます。
そんなにバレエやりたくて楽しめているんならと、もっとやらせてあげたいけど、やっと見つけた障害児向けにレッスンしてくださる先生。他には、なかなか無いだろうなーと思っていました。

それがたまたま、世田谷区の支援級に行っているお友達が、やはり障害のある子に教えてくれる自由が丘のバレエ教室に行き始めたと聞いて(口コミって有り難い!)、そこも隔週だし、合わせて週一回のペースなら丁度いいかと、そこでも習い始めることにしました。

そちらは、親はスタジオ内に入れず、レッスンは見れません。唯一、体験の日に見学させてもらった時は、とても真剣な先生で少人数に対して丁寧に教えてくださる感じでした。
ママ達は別室でノンビリお喋りしながら待機です。



で、ここから本題です。前振りが長くてスミマセン。

その新く通い始めたバレエ教室。みなさん同じ学校の支援級のお仲間です。
それぞれ発達障害やダウン症など様々なお子さんがいらしています。
国立のバレエ教室もそうだけど、やっぱり周りがみんな同じような仲間だと、ふだん普通級で過ごしている時より、プチ子が何をやっても分かってもらえるし、親としては変に気を使わなくて良い分、とっても気楽です。
健常児の場合は当たり前のような状況ですが、周りの子が、みんな我が子と同じで、他の親御さんにも気を使ったり説明したりしなくて良いって状況って、すっごく楽だな〜と、しみじみ思います。

世の中の人がみなプチ子と同じで、それがスタンダードなら、居心地は良いし、なんの苦労もないでしょう。
でも、現実の世界では、健常者の中に入れば、プチ子は知能が遅れているし、とても周りと同じようには出来ない事だらけです。

その現実の世界で、発達障害のプチ子が、いかに幸せに生きていくか、ということが永遠の課題です。


この前のレッスンの日、子供達がバレエをやってる間にママ達で話していたら、
「知り合いで、私学の普通級に行っている二年生のお子さんが、クラスで変わった行動を取ってしまい、最近になって発達障害といわれ、どうしたら良いか困っている。学校を替えるべきか悩んでいる」という話になりました。
なんでも、区の療育センターなどでは、私学に行っている子には対応してくれないそうです。

じゃあ、民間の療育センターに行ってみたらどうか、療育で問題行動を改善して今の学校を続けられるようにしてはどうか、という話をしていたら、
別な一人のママさん(そのお子さんは自閉症とは違うようです)が、
「でも、自閉症って、治らないんでしょう」と、ちょっと水を指すような口調で言われました。

そして、とある有名な療育センターで、過去にプチ子も一年ほど通っていましたが、まったく症状が改善しなかったセンターを、とても良い所だと、お勧めされていました。
そこは、どちらかと言うと、親の側の意識を改善して、ありのままの障害を受け入れていくことを指導される印象です。


ああ、またか。と思いました。

自閉症、発達障害の類は、治らない。


欧米(とくにアメリカやオーストラリア)では、いまや自閉症は早期に発見して早期に治療をすれば、かなり改善できることが常識となっているのに。

大きくなっても、対人関係の不器用さ、こだわり等、自閉症の特徴は完全には消えないかもしれませんが、適切な指導を受けることで症状が軽くなることは、もはや科学的な裏付けさえされているのに。


日本では、医療関係でも、療育機関でも、親が説明を受けるときには、いまだに大抵「自閉症は治りません」「発達障害は治りません」と、言われます。

プチ子も、多くのお医者さんや療育センターの専門家に、「発達障害は治るものではありません」と言われました。

治らないと言われて、そのままにして治さないでいたら、どうなるのでしょう。

親が生きている間、ずっと守っていくしかないのでしょうか。
守られていれば、本人は幸せでしょうか。

たとえ経済的に守られていても、お友達関係や、恋をしたり、結婚して子供を授かり育てるなどの幸せを手に入れるのは難しいかもしれません。

親なき後は、どうなるんだろう?

できれば、親以外にもプチ子を愛してくれる人ができて、(兄弟児が居たって、将来は本人の家族も出来るだろうし、親同様の負担を彼にはかけさせたくないな〜)、好いてくれて親しくしてくれるお友達がいてくれたら、どんなにか良いでしょう・・・

できれば、通常の社会生活を営ませてあげたいなーと願うのは、親の無謀な欲でしょうか。

治らないよりは、少しでも改善されたほうが良いと思うのは、自然な発想だと思うのですが、
多くの日本の医療・療育現場では、そういった考えを否定するかのように「絶対に治ることはない」と強調されます。


でも、げんにプチ子はABAを中心とした適切な療育のおかげで、数々の問題行動がなくなり、この四年間で、知能もすごく成長しました。

どんどん改善されてきている症状を、治ってきていると表現しても過言じゃないと思います。


女子サッカーの澤選手だって、20年前には、日本がワールドカップ世界一になって、バロンドールの称号を与えられるとは誰にも想像もできない中で、夢を諦めないで努力をしつづけたからこそ、実現することができたのです。


自閉症は治らない、発達障害は治らない、という日本の常識を、信じないという選択肢があっても良いですよね?


プチ子が今後どこまで伸びるか分かりませんが、げんに今の段階ですら、
最近では、よく「プチ子ちゃんの、どこが障害なの?」と聞かれるくらい、普通の子に近づいてきています。

このまま療育を続けていったら、限りなく健常者っぽくなっていって、どこからが障害者なのか、区別が難しくなったら、治った!って、言えないのかな〜?

診断を受けていない健常者で、限りなく発達障害っぽい人って、大勢いるでしょう?
そういう人になって、普通に社会生活を送るのが、私の中で、プチ子が治ったと言える基準です。


治らないんだから、無理に治そうとするのは良くない、っていう考えが日本では主流だけど、
なんだか、とってももったいない気がします。



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| こころくらぶ | 22:51 | comments(27) | trackbacks(0) |
小学生になってからのオムツトレーニング
前回のオムツ外しトレーニングについてでは、幼稚園年長の冬までの段階を書きました。


それまでは、赤ちゃん同様にトイレではない場所で立ったままオムツに用を足していたプチ子。
年長さんの冬に、やっと便座に腰掛けてウンチを出す事が出来るようになりました。
(ただし、オムツを履いた上でです)

 療育先(C・C)の先生に指示された、次の段階の作戦は、「オムツを履いて便座に座るとき、ひざ下の足首の辺りにはズボンを履かせておく」 というものでした。
いずれは、オムツが無くて、ひざ下にズボンがあるのが、目指すべき正しい状態ですので、その前段階として、オムツ+ズボン状態です。

ズボンを膝下に履かせて座ることは、わりとスンナリできました。
だって、オムツがあれば、安心なんですから。
問題は、いかにオムツを外していくか・・・です。


そこで、ズボン履かせと並行して、「オムツに穴を開けたものを使う」ことにもなりました。

はじめは、見慣れない「穴あきオムツ」に抵抗感がないように、特に現物を見せず、気付かれないうちにササっと履かせて、知らないうちに「穴あきオムツ」でウンチしていたようにしようと試みましたが、
オムツの穴を開ける位置が意外と難しくて(?)、なぜか穴を開けた位置と違うところにウンチが乗っかり、便器に落ちていかなかったので、実質、ただ普通のオムツにウンチした、と同じ結果になりました。がっかりして脱がせる時には、「あ〜、失敗したー」とか言ってしまったので、穴が開いていることにも気付かれてしまい、「え?なにこれ。どして穴?」と不信感を抱かせた事も、これまた大失敗。

次回、穴をもっと大きく開けたオムツを履かせてみようとすると、もう履く時から「なに?それ!」と警戒されてしまい、履きたがりません。穴をハサミで開けているところを見られたのもいけませんでした。
ハサミが眼に入って、なんだか恐怖のオムツなイメージができあがってしまたのか・・・かなりの強い抵抗。結局、プチ子の抵抗に屈して、普通のオムツを渡しました。



・・・当時の療育ノートを見ながら書きましたが、ちょっと記憶も曖昧で、細かいことを間違うとオムツ外しの参考にならないと思うので、続きは、より細かく記録されているABAのファイルを見てから書こうと思います。いつまでも、完結しなくてスイマセン〜〜〜




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| こころくらぶ | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
オムツへのコダワリ 
 この夏、小学三年生にもなって、やっとオムツが取れたプチ子・・・(ギネス記録かっ!)
それまでのオムツ外しバトルの長かった道のりを書きます。


ABAを始めるまでは、ふつうに、上の子の時と同じように、健常の赤ちゃんに対してのオムツ外しのやり方をあれこれ試しては、失敗し続けていました。
区の療育センターの先生に相談しても、「まず、毎回ウンチが出た後で、お子さんと一緒に、お尻を拭いてみましょう」・・・っつー、いま思えば、ちょっと的外れなやり方をアドバイスされていました。←これはオムツに焦点を当ててないよね。

普段の親の接し方も、ABA的な関わり方とは程遠かったので、
オムツを与えなかったら、どうなるんだろうと試してみても、オムツが無いと半狂乱になり、オムツを欲しがってパニックを起こされると、つい「ごめんね、ごめんね」とすぐにオムツを渡してしまい、いま思えば目的達成とは全く真逆の対応をしていました。



5歳の春になり、やっとABAの指導を受けることができ(今よりセラピストの先生の数も、エージェントも少なかったです)、
2〜3ヶ月して親のほうもABAに慣れてきた頃、先生方とのミーティングの席で「親のほうで問題あると思っていて、直したい所は何処か?」を聞かれました。
う〜〜〜ん、すぐ泣いたり怒ったり、いろいろあるけど、真っ先に「まだウンチの時はオムツを使っている」事を上げました。

すると、先生からは、オムツを履いてからトイレで座ってやっているのかどうなのか?と聞かれました。
そこで初めて、プチ子はトイレではなく、廊下の柱の陰や、部屋の隅で立ってやっていることに私自身気付かされたのです!やば〜〜〜っ!
赤ちゃんの時からずっとオムツで用を足していたので、家では何だか、あまりに自然で、そうするのが当たり前だったけど、よく考えたら、5歳児が部屋で・・・って、相当オカシイって事にも気付いていませんでした。

先生は、とにかく、オムツを履いたままでも良いから、「トイレ」で座らせてウンチをさせるように。と指導されました。
そして、オムツを外していくには、相当強力な強化子が必要だと。(実際には、オムツを外せるほど相当強力な強化子を「見い出す」のも、相当難しい・・・んだよね)


それからは、先生に言われた通りにトレーニングを試してみる日々が続きました。

まず、ウンチをしたそうになったら、トイレに座らせます。
(そこで、ズボンとパンツを脱がせることを続けていたら、ある日、トイレに行っただけでズボンとパンツを自ら脱いで座りました。)・・・と、ここまでは、まだ順調。

「すごい!プチ子ちゃん、トイレに座れてるよ〜〜!!えらいね〜!」と褒めまくること5分間。(前は、トイレに座るの自体も続かなくて嫌がってた)
「頑張って座れてるね〜〜♪」とか褒められて上機嫌なプチ子、泣き出すことなくニコニコと座れています。
けど、ウンチをする気配は全くナシ。オムツ無しで出すつもりはサラサラ無いのね〜

オムツ無しは、ちょっとイキナリ難しいので、一応座って出せるならOKということで、オムツを与え、履かせて座らせます。
でも、もうウンチ君は引っ込んじゃいました・・・

ここで一旦、諦めて、リビングで遊ばせます。

いよいよ出そうになり、「トイレでしようね」と促すと、自分でトイレに歩いていきました。
でも、ここでバトル勃発。トイレの蓋を自ら閉じて、絶対に座らないのです。

泣き叫び、パニックになり、母もうんざり・・・お手上げです。
結局、トイレの中で立って出しました。

次の日、オムツを自分で履いていたので、すぐにトイレに座らせようとすると、
もう座りたがらず、そこでバトル!

羽交い絞めにして、泣きながら座らせると、もう便意はどこへやら・・・
でも、しばらくして、頑張って泣き止んで座り続けているので、「泣かずにオムツ履いて座る」ことが出来たとして、ご褒美(この日は、おもちゃのアクセサリー)をあげて、「泣かないで、オムツで座れてたねー」と褒めてあげました。

夜、さっき出ていないから、またウンチしたくなり、自らオムツを履き始めました。
すかさず、「トイレで座ってね」と言うと、少しイヤだけど、仕方ないという風に、がんばって自分でトイレの便座に座りました(オムツを履いたまま)
「すごいね〜!!プチちゃん、いま自分で座ったよ!!えら〜〜〜い!!」と、褒めて座り続けさせようとしたけど、少ししてから、やはり立ち上がってしまい、「だめだめ、座って」と言っても今度は座りたがらず、力ずくで座らせたら、すでにウンチは出てました・・・
けど、この時は出てしまってたけど、頑張って座ったということで、またご褒美をあげました。

そんな状態が一ヶ月続いて・・・
オムツを履いて便座に座ることは出来るようにはなったけど、それはあくまで前振りでしかなく・・・
いざ、出す段になると、あいかわらず立ってウンチをしたがり、座らせると、絶対に、意地でも出さないので(ある時は、立って出掛かっていて、ウンチがお尻の穴から見えていたのに、座らせた途端、意地で引っ込めた)、
いっそ間を取って、「中腰」でやらせてみようかとしたけど、大泣きして拒否!!
仕方ないから、更にもう一歩譲歩して、トイレに座るときにブラつく足を乗っけていた黄色い踏み台、これの上に立って、その場所でできたらOKということにして、ウンチ出させました。
これも、最初は嫌がって、台の上にすら乗りたがらなかったのだから、台に立ってウンチできるようになったのは、すごい前進
もちろん、できた時には強化子をあげました。

これで、ABA的なオムツ外しトレーニング開始から半年。

オムツと並行して言葉・指示に従う・ママと離れる・友達と関わる、などのトレーニングを重ねていっている時期でもあり、そろそろ就学絡みで(5歳で年長さん)学校や教育委員会とモメにモメていたので、他に優先すべき事がテンコ盛りで、だんだんオムツの事は保留になっていきました。

とにかく、目下の目標は、「オムツを履いたままでトイレに座って、ウンチを出す」でした。

就学課の担当の方とは、すっかり馴染みになり、校長先生とも何度も面談させてもらい、
家では、物の名前と属性・5までの数を一致させること・ジャンケンの練習、幼稚園の友達に声をかけて家に遊びに来て貰いピアトレーニング、など日々追われていました。

そんな、ある冬の日、いつまでもオムツを与えるから、座ってできないのだとABAの先生に言われ、2〜3日オムツをあげないでみました。
もちろん、無しでは絶対にウンチしないので、3日間便秘になってしまいましたが、
最後にオムツを渡したら、履いた途端に座ってウンチがでたのです!!
もちろん、最大限に褒めまくって、ご褒美!
サンタさんが二人来たようなプレゼントをあげました!
5歳の年の暮れでした。

                  つづく



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| こころくらぶ | 15:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウンチの時のオムツ外し
 えー前回、書き損ねたウンチ時のオムツ外しについて。

小さい時のことは、もはや、記憶があまり確かじゃないけれど・・・、

1歳ごろにはオマルに座らせてみたり、オムツも履かせずに下はスッポンポン作戦などをやってみたりしていました。

でも、お兄ちゃんの時と違って、オマルにジッと座ることもできないし、オマルが何だか全く判ってない様子。(オモチャ入れてたし)
時間を見ていて、ウンチがしたそうな様子になったら即トイレに連れて行く作戦も、トイレやオマルにまたがると全く出なくなる・・・というより、出していい場所ではない!我慢して引っ込めなきゃ!というような感覚???なんでしょうか・・・。嫌がるし、泣き叫ぶし・・・

オムツを履かせないでいたところで、便意を感じたら困ってトイレやオマルに駆け込む筈も無く、あたり構わず家中のそこここにウンチをされてる時期もありました。
何度も「あー、ここにしちゃダメだよね。ウンチはトイレでしようねー」と一緒に掃除を手伝わせたりもしましたが・・・いま思えば、全く何も理解していなくて無駄でしたね。
ただ家中のいろんな箇所が被害に遭っただけでした。(ちなみに、どちらかというと部屋の隅です。遊びに来た事ある方、ぎょえ〜〜!と思わないでね)

その当時は、なんだか発育遅いなーと思っていましたが、どの病院でも「様子を見ましょう」ばかりで、診断名も告げられていなく、まさか知能が低いとは思って居なかったので、実年齢に添ってオムツを外そうとしていましたが・・・
おそらく、私が外そうとしていた相手は、2歳になっても知能的には1歳に全然満たない赤ちゃんだったのです。だいたい、うまく歩けていなかったしね。

それからも、精神年齢も普通より低く、決まったパターンの行動にこだわり、新しいやり方に恐怖を感じる姫君は、トイレやオマルを嫌がり、オムツを使い続けました。

記憶が曖昧ですが、オシッコやウンチを「んーんー」と自ら教えられるようになった3歳ころからは、(このころは全く喋れてません)、日中はパンツで過ごし、したい時だけオムツを履かせていたと思います。

でも、それは、『とにかくオムツを履かないと出せない!!』というコダワリを、ドンドン強化していっていっただけだったのです。

そして、幼稚園に入った頃には、それはそれはもう立派に確立されたコダワリとなり、
オシッコはどうにか半年かけて幼稚園で出来るようにしてもらえましたが(前回の記事参照)・・・、

ウンチに関しては、一日で出るタイミングが限られる為、他人の手を借りてトレーニングすることは出来ず(そもそもウンチのことなんて幼稚園にはひた隠し・・・)、我が子が発達障害と判ったばかりの素人ママには、とても太刀打ちできないほど難易度の高い問題行動になっていたのです。



続きはまた次回にさせていただいて、いいですかー すみません!
次こそ、どうやってウンチ時のオムツを外していったかについて書きたいと思います。

そろそろプチ子姫様が学校から帰ってくるので・・・




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エノテカボジョレー・ヌーヴォー2011  日比谷花壇 フラワーギフト クリスマス
| こころくらぶ | 14:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
八歳にしてオムツ取れました
 じーつーはー・・・、プチ子のオムツが取れたのは、つい最近です!!

誕生以来九年間、つい2〜3ヶ月前まで、うちでは紙オムツ(小学生になってからは、「Bigより大きいサイズ」がいつまで履けるかハラハラ)を切らした事がありませんでした。

さすがに普段の日中に使っていた訳ではないけれど、
小学三年生のこの夏まで、ウンチの時には必ずオムツを履かないと、用が足せなかったのです。

赤ちゃんの時から、幼稚園に入ってから、小学校に上がってからも、オムツを渡さなかったり、オムツに穴を開けたり、ありとあらゆる方法を試してきました。
しかし、ことごとく失敗。
物心付いた時には、絶対オムツを履かないとウンチを出せない人になってしまったのです。
つまり、オムツを履いた状態でトイレに座る→当然お尻は汚れます→「出た!」といって、私を呼ぶ。→私がオムツを破って外してお尻を拭いて差し上げる→ウォシュレットは恐怖すぎて無理なので、その後シャワーに連れていき、お尻を洗う・・・っつーのが、プチ子がウンチする時の一連の流れでした。(ほんとに、つい最近まで。その代わり、外出先では一切便意を催しません。)


オシッコも、4歳までは同じような「こだわり」で、オムツを履かないと出来なかったのですが、こちらは幼稚園で半年かけて、出来るようにしてくださいました。

3歳ごろからは、トイレをする時以外はパンツで過ごしていたプチ子ですが、幼稚園は当然オムツなんか持っていくの禁止ですから、保育時間中にオシッコしたくなっても、する術がなく、トイレに何度入っても、座る真似だけで出てきてしまい、朝からずっと降園するまで(9:00AM〜1:30PM)我慢していたのです。

それで、幼稚園入りたての半年間は、お迎えに行くと、もう漏れそうでパニック!
先生やみんなと別れるまでは平気(を装ってる?)なんだけど、
「みなさん、さようなら!」の挨拶の後は、必死になって帰りたがり、幼稚園のトイレでやらせようとしても無駄。
とにかくダッシュで家に走って帰りました。
でも、たいてい途中で走ることも出来なくなってうずくまり、私がオンブして走っていると背中でジャーって事がよくありました。
その頃は、お迎えに行く時は仕方なくボロイ服を着て行ってました。
当時は、まだABAを教わっていなくて、四六時中パニックを起こしては人を思うように操るプチ子姫の言いなりに成っている日々でしたので、
ジャーってやられても、怒ったって逆にパニック起こされるから、ひたすら「良かったね、オシッコ出て」と、失敗しちゃって屈辱的な気持ちから癇癪寸前のプチ子をどうにか宥めすかしながら、濡れた背中にプチ子をしょって帰っていました。ドナドナ・・・

オムツ外し・・・当然、1歳前後から挑戦していました。何度も。
お兄ちゃんの時は、すぐに成功したので、自分のやり方が悪い訳ではないのが判っていたのは救いでした。
もし、一人目のお子さんで、プチ子のように自閉症のコダワリからオムツ外しが難航していたら、子育てに自信を失ってしまうかもしれませんよね。
でも、どんなに色々試しても、療育の専門家に教わらないと、オムツを外すのが難しい子って、自閉症(発達障害)には結構いるんですよね〜。

うちの場合は、副園長先生にいつも「4歳にもなって、まだオムツも取れないなんて!何やってるの?お母さん!」と怒られながら・・・ (←発達障害に詳しくないので仕方ない)
それでも、二学期からは幼稚園で介助の先生(+他数名の先生)が毎日2時間、泣き叫ぶプチ子を抱きしめてトイレに座らせ続けることを数週間続けてくれて、ようやくトイレでオシッコを出すことができるようにしてくださいました!!

もんのすごーーーーい大変だったと思います。
でも、泣き叫ぶ我が子を、母親が毎日2時間トイレで押さえつけて腹部を手で押して、オシッコさせるなんて事は・・・本当に精神的に至難の業すぎて、子供も外でより甘えがあるし、絶対に出来ないので!!
先生が幼稚園でやってくださったのは、ほんとうに有り難いかぎりで・・・、いまでも介助の先生には感謝するばかりです


晴れて、4歳の秋からは、外出先でもオムツが無くても、トイレでオシッコできるようになり、日常生活は格段に便利になりました。
が・・・・、ウンチは別です。
長くなったので、ウンチの時のオムツ外しについて、次回にします。



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   エノテカボジョレー・ヌーヴォー2011  2011年 お歳暮特集-JALショッピング
| こころくらぶ | 00:25 | comments(4) | trackbacks(0) |
茶話会に行ってきました
 土曜日、横浜で開かれた「つみき茶話会」に出かけてきました。

「えっくんと自閉症」の著者である、えっくんママさんが主催されている茶話会です。

今回で三回目なのですが、私は初参加。
前回が横須賀。前々回が町田。
今回が横浜関内で、毎回ちょっと遠いな〜と思っていたのですが・・・

先日のRUN4Uのマラソン大会で、えっくんママさんとご一緒した際に、
今回の茶話会のテーマが「就学」についてであり、
まだ小学校入学前の親御さん達に向けて簡単なスピーチでもということで、
私の経験が少しでも、就学で悩むママたちのお役に立てるのならと出席を決めました。


当日は、地域ごとのグループで席を用意してくれていたお陰で、
けっこう近いお住まいの方ともすぐに知り合えて、
お弁当を食べながら、お互いの子供の生育暦やABAの話をして、
みなさん、すごく頑張っている姿に感動したし、あらためて刺激を受けました。

お昼ごはんの後にスピーチとなったのですが、
まずは、特別支援学校に通われているお子さんのママさんのお話から始まり、
次に支援級(固定)の方の話、普通級のウチの話は最後でホッとしていたのですが・・・

ほんとうに、すごく簡単に考えていた私は、他の方の、きちんと原稿を用意されての大事なポイントをまとめられたスピーチにビックリ。
やばっ!ぜんぜん準備してこないで何話そう?と、いまさら焦り、その場で前の方の話のポイントを真似する技を思いつきました。
でも、結局、前に出て話し始めたら、ポイントなんて忘れて、いつものオバちゃん井戸端トークになってしまい、脈絡のない内容で失礼しました〜〜〜

それでも、うちは、プチ子が簡単に普通級に入学できたわけではないこと、
今でも付いていくのに苦労していること、
それでも何とかやっているということが、
むしろ、目の前にいる就学前のママさん達の中で普通級を考えているお子さんよりも障害が重い点で、励みになってくれていれば、幸いです。

何人か、後でお話させていただいた方のお子さんがたは、皆さん、まだ2〜4歳でも沢山しゃべったり、数が分かったり、できる事がいっぱいあって、同時期のプチ子に比べると、ぜ〜んぜん大丈夫!って感じがしました。


それにしても、他の地域の方々の話を聞くにつけ、
それぞれの地域で療育や教育のシステムって、ずいぶん違うんだなという事が分かりました。

例えば、横浜の場合は、固定級と普通級では、同じ教科書を使って授業がされていて、
その為に普通級から固定級への転籍は当然ながら、
固定級からでも、伸びてきたお子さんは普通級への転籍も一般的に行われているそうです。

うちの区では、たしか固定級から普通級への転籍は、前例がないと聞いています。

地域によって、ぜんぜん違うものなんですねー。


いろいろと勉強になり、参考になり、
たくさんの同じ境遇で頑張っているママさん達と出会えて、
とても実り多い茶話会でした。

また次回が楽しみです。




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| こころくらぶ | 00:01 | comments(2) | trackbacks(0) |
プチ子の勉強の日々 〜普通級に行かせて伸ばした力〜
前回の続き。プチ子のお勉強に関してです。

元々、能力的には、特別支援級(いや、もしかしたら支援校)が妥当であったかもしれないプチ子です。
でも、IQのレベルだけで、普通級・特別支援級・特別支援校に子供を分けてしまうのじゃなくて、みんな一緒の教室で、共に学ぶことで、他の子達をお手本にして成長していく可能性だってあるかもしれない。
社会性を身に着けさせるためにも、大勢のクラスメイトが居る環境が良いんじゃないか。
その思いから、しぶる校長先生をねじ伏せて、なんとか無理して普通級に入学したため、それはそれは、最初は学校の勉強についていくのが大変でした。

小学校入学当時、プチ子はまだロクに喋る事も出来なかったし、
それまで家で、読み書きも、数も、計算も、一切教えていなかったので、(それどころじゃない、言葉を教えたり、母子分離の練習、他人の指示を聞く練習などで手一杯だったため)
今思えば、一年生の中に、一人だけ2〜3歳児が居るようなものだったかもしれません。

ひらがなを教わっても、まずは形を同じように写すことからして難しく、(だいたい物を書く事に慣れていなくて筆圧も弱いし)
読み方も、「あ」を「あり」と読んでしまったり、「い」を「いぬ」と読んでしまうなど、前途多難でした。

でも、でも、でも、でも、
毎日ひたすら繰り返し練習することで、だんだん字らしき物を書けるようになり、
一年生頃は私しか読解不能でしたが、二年生頃には他人が読める字を書けるようになっていきました。
そして、今では、中学生のお兄ちゃん曰く「俺よりずっと綺麗」な字を書いています。

漢字が始まると、ひらがな・カタカナより、漢字の方が覚えやすいようで、(なんでも?どっちかが右脳で、どっちかが左脳を使うからと聞いたことがあります)
字の練習も以前よりそれほど嫌がらなくなりました。それまでは、勉強するのを嫌がるプチ子を、とにかくおだてまくり、一つでも書いたら褒めまくって、ご褒美をあげました。これを延々続けるのです。

正しく写すことができるようになってからは、漢字のテストでは学校でも100点が取れるようになって、がぜん自信がつきました。
「私は漢字は得意!」と思うと、毎日家で練習するのも苦にならなくなり、どんどん書けるようになりました。
覚えるのも早くなりました。(ただし、すぐ抜けていくので、そこはまた繰り返しが必要)

「読み」は、いまだに苦手ですが、以前は一文字一文字をゆっくり読むことしかできなかったけど、
毎日少しでも、好きな本(絵本すら興味を持たない時は、興味のあるプリキュアの漫画でも)を音読するうちに、だんだんスピードが上がってきました。
文章がスラスラ読めるようにならないと、算数の文章題だって、目で字を追うだけで精一杯で、問題が何だか、頭に入らないですからね〜。文をある程度の速さで読めるって大事です。

算数の計算は、去年でもまだ数の大小が分かってない状態でしたが、セラピーと塾と家庭学習での長い下済み生活を経て、今や三年生の課程である「三桁の足し算・引き算」は、やり方は覚えてできるようになりました。いや、概念はまだ弱いんですけどね。それも、そのうち追いつくでしょう。

理科・社会は、ちゃんと授業を聞いていて、文章が読めて、絵が描ければ、観察カードやレポートだって書くことができます。

お絵かきも、何をどう書いていいか分からなかったため、大嫌いでしたが、ずっとセラピーでも練習してもらって、絵描き歌なども覚えて、最近やっと自ら色鉛筆と画用紙に向かっていろいろ描くのが好きになってきました。

体育も、始めは走ることも下手でしたが、今じゃ結構速く走るんです。
まったく飛べなかった大縄だって、学校の先生のお陰で、回っている所に入っていけるようになったし、鉄棒逆上がりも少し手伝えば出来るまでになりました。



ABAセラピーの集中介入をしていなければ、いまだに二語文すら話せなかったかもしれないプチ子。
もしかしたら、三年生の今頃でも、「マンマ〜、ワンワン」程度だったかも?
集団に入って、周りの子達が話すのを、勉強するのを、運動するのを、見て、良いお手本にして、真似することで、成長できたことには間違いないと思います。


パニックを起こさずに、こちらの言う事を聞くようになって、人と話せるようになって、勉強まで出来るようになるとは、夢にも思わなかった頃があったとは、今や、誰も信じないかもしれません。




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